“貝って何?”ときかれると、あまりにもわかりきったことのように思いますが、実はわかっているようで意外にわかっていないものです。そこでここでは貝類の分類、生態、産業的価値などについて概説します。

分 類

貝は軟体動物
 少し難しくなりますが、まず分類の話から。まずこちらにある動物の分類体系についてご覧下さい。動物にはたくさんの分類群(門)がありますが、貝類とは軟体動物門に属する生物の総称です。軟体というのは柔らかい体という意味ですが、体が柔らかければ軟体動物かというと必ずしもそうではなく、例えばクラゲは腔腸こうちょう動物、ゴカイは環形かんけい動物、ナマコは棘皮きょくひ動物になります。また、ホヤを“ホヤガイ”と貝のように呼ぶことがありますが、これは妥当ではなく、ホヤは軟体動物ではなく原索げんさく動物という分類群に属します。
軟体動物門を構成する綱(こう)
 無板綱 Aplacophora
 多板綱 Polyplacophora ヒザラガイ
 単板綱 Monoplacophora
 腹足(巻貝)綱 Gastropoda 巻貝、ウミウシ
 掘足綱 Scaphopoda ツノガイ
 斧足(二枚貝)綱 Bivalvia 二枚貝
 頭足綱 Cephalopoda イカ、タコ、オウムガイ
 軟体動物の種数は日本産のものが約種、世界中では10万種以上と言われ、生物界では昆虫類に次いで大きな分類群です。軟体動物門には上の表に示した七つの綱があり、このうち腹足(巻貝)綱、斧足(二枚貝)綱および頭足綱の三つが代表的で種数も多く、産業的価値のある種はすべてこの3綱に属します。我々になじみの深いイカやタコ類も軟体動物で、広い意味ではこれらも貝類と呼ばれます。つまりイカやタコは殻のない貝ということになります。イカ、タコと同じ頭足類には生きた化石と呼ばれるオウムガイも含まれ、また古代に生息したアンモナイトもこれに近い仲間です。つまり、イカやタコは進化に伴って遊泳力を身につけ、遊泳のじゃまになる貝殻を脱ぎ捨てていったということになるでしょう。また、ダイバーに人気のウミウシ類や海の妖精といわれるクリオネも巻貝類と同じ腹足綱に属し、これらは殻を持たない巻貝と言えます。“害虫”として嫌われ者のナメクジも実は貝で、これはカタツムリの兄弟のようなものです。
イカやウミウシも「貝」の仲間です
貝でない“貝”
 “〜ガイ”という名前がついている生物でも、実は貝ではない(軟体動物ではない)ものがいくつかあります。例えば、有明海では食用にもされるシャミセンガイ(地方名メカジャ)は二枚貝のような殻を持っていてあたかも貝のように見えますが、実は軟体動物とは縁もゆかりもなく、触手動物という門に属します。サンゴの仲間にチョウジガイ、またヒトデの仲間にモミジガイという生物がありますが、これらも貝類ではありません。さらに、固い殻を持つフジツボやカメノテも貝の仲間ではなく、意外なことにこれらはエビ、カニや昆虫と同じ節足動物門に属します。 
ミドリシャミセンガイ(触手動物) フジツボ(節足動物) カメノテ(節足動物)

貝の形態

貝殻の構造と各部の名称
殻長(かくちょう) 二枚貝で、殻の前端から後端までで最も長い直線距離。笠型の貝では殻の前後で最も長い直線距離。巻貝の場合は殻長という項目はないが、殻高のことを殻長とする場合もある。
殻径(かくけい) 巻貝で、正面から見たときに左右の幅で最も長い距離。笠型の貝では殻の左右で最も長い直線距離。なお、長い棘(きょく)や突起を持つ種の場合はこれらの長さは通常含まない。
殻高(かくこう) 二枚貝および巻貝で、殻の上端(通常殻頂)から下端まででいちばん長い直線距離。なお、巻貝で長い水管溝や突起を持つ種の場合は、これらの長さは通常含まない。滑層が殻頂を超えて発達する場合でも、殻高は通常殻の下端から殻頂までの距離である。
殻幅(かくふく) 二枚貝で、両殻を合わせたときの殻の厚みで最も大きい幅。巻貝では殻を側面から見たとき最も大きい幅。
螺塔(らとう) 巻貝の殻は、基本的に一本の管がある軸のまわりに巻いたものである。この管を螺管(らかん)といい、殻を正面から見たときの螺管の重なりを螺層(らそう)という。螺塔は、殻口より上の高くそびえる螺層のことをいい、厳密には次体層から殻頂までの部分である。
縫合部(ほうごうぶ) ある螺層と次の螺層の合わせ目の部分をいう。
体層(たいそう) 巻貝の螺層で最後の一巻きのことをいう。多くの巻貝では体層が殻の表面積の大部分を占める。通常、軟体部の大部分がここに位置するために体層と呼ばれる。
次体層(じたいそう) 体層のすぐ上の螺層のこと。
肩(かた) 巻貝の体層で最も横に張り出していて、正面から見ると角ばっている部分。イモガイ科やイトマキボラ科の多くでは顕著に肩が張る。肩の角の部分を肩角(けんかく)ともいう。
殻頂(かくちょう) 巻貝では螺塔の頂上部で、螺管の始点である。二枚貝では通常殻の最上端で、殻の成長の起点。
殻口(かくこう) 巻貝の螺管の終端で、外に向かって開いた口。種によって実に様々な形状となる。ここから軟体部が外に出る。
軸芯(じくしん) 螺管が巻くときの軸となる中心線。内唇の内壁や水管溝などが軸芯上にある。
内唇(ないしん) 巻貝の殻口で、軸芯側の部分。
外唇(がいしん) 巻貝の殻口で内唇と逆側の部分。殻口の外縁で、体層の終端にあたる。
滑層(かっそう) 巻貝で、主に殻口内唇に形成される非常に光沢があって滑らかな層のこと。種によっては螺塔全体が滑層で覆われたり、外唇まで滑層が発達する種もある。
水管溝(すいかんこう) 巻貝のうち、進化的な貝類では殻口の下端(前端)に管状の溝が形成され、ここに入水管が入る。この溝を水管溝といい、種によっては水管溝が棒状に非常に長く伸びる。
後水溝(こうすいこう) 後溝ともいう。水管溝と同じような溝が殻口の上部(後部)にも形成される種があり、オキニシ科などで顕著である。
繃帯(ほうたい) 巻貝で、殻底部の軸芯のまわりに形成される隆起帯。
臍孔(さいこう) 音読みにすると臍孔(へそあな)。巻貝で螺管が螺旋状に成長していく過程でその中心に生じる間隙の穴。種によって大きいものや狭いもの、あるいは完全に塞がれる場合もある。
蓋(ふた) 巻貝で、軟体部の足の背面にあり、通常は軟体部を殻内に引っ込めたときにちょうど殻口を塞ぐ構造になっているが、蓋が殻口よりもはるかに小さくて退化している種もある。革質のものが多いが、サザエ科のように厚い石灰質のものもある。同心円型、多旋型、少旋型、あるいはスイショウガイ科やイモガイ科の蓋のように縦に長いものもある。
螺肋(らろく) 巻貝で、螺管の成長の方向に生じる顕著な畝(うね)状の隆起線。微弱な場合は螺条(らじょう)とも呼ばれる。
螺溝(らこう) 螺肋と螺肋の間にある溝。
縦肋(じゅうろく) 螺層に垂直に生じる顕著な畝(うね)状の隆起線。通常規則的に並ぶが、種によっては不規則に並ぶものもある。
縦張肋(じゅうちょうろく) 通常の縦肋よりもはるかに顕著で、広い間隔で出る螺層に垂直な隆起。オキニシ科では180度ごと、フジツガイ科では180度または270度ごと、アクキガイ科では120度ごと、トウカムリ科では不規則に出る。縦張肋ができると殻の成長は一旦停止し、また、次の縦張肋までの殻の成長は迅速である。
放射肋(ほうしゃろく) 二枚貝で、殻頂から放射状に広がる顕著な畝(うね)状の隆起線。笠型の腹足類でも放射肋を持つものもある。
成長肋(せいちょうろく) 成長脈(せいちょうみゃく)、輪肋(りんろく)ともいう。二枚貝で、殻の成長の方向に同心円状に形成される顕著な畝(うね)状の隆起線。
結節(けっせつ) 殻の表面にある鋭い隆起。巻貝ではしばしば肩や螺肋上に列をなす。
棘(きょく) 長いとげ状の突起。顕著な場合を「棘が強い」と表現する。
指状突起(しじょうとっき) 棘よりさらに顕著な太い突起で、スイショウガイ科のクモガイ亜科やスイジガイ亜科などの貝にみられる。
顆粒(かりゅう) 殻の表面にある粒状の小さな隆起。
歯(は) 殻口の内唇あるいは外唇にある結節状の突起物。
鱗片状突起(りんぺんじょうとっき) 殻の表面にある細かいうろこ状の突起物。
稜角(りょうかく) 殻の表面が顕著に角ばった部分。
翼耳(よくじ) イタヤガイ科、ウグイスガイ科、ツキヒガイ科、ウミギクガイ科などの二枚貝にある、殻頂の両側に張り出す突起。殻頂より前方のものを前耳(ぜんじ)、後方のものを後耳(こうじ)という。
翼耳径(よくじけい) 前耳の前端から後耳の後端までの直線距離。
靱帯(じんたい) 二枚貝の左右の殻を結合しているちょうつがいの部分。殻の外側にある種と内側にある種がある。
月面(げつめん) 小月面ともいう。二枚貝で、左右の殻を合わせたときに殻頂の前にみられる類円形のくぼみ。
色帯(しきたい) 殻の表面にある帯状の模様。
放射彩(ほうしゃさい) 二枚貝で、殻頂から放射状に走る色帯。
巻貝の右巻きと左巻き
 巻貝の巻き方には右巻と左巻きがあります。下の写真のように上から見て時計回りなら右巻き、反時計回りなら左巻きです。右巻きと左巻きは確率的にランダムに起こりそうですが、不思議なことに実際には巻貝では右巻きのものが圧倒的に多く、左巻きははるかに少数派です。左巻きの貝は、キセルガイ科やキリオレガイ科など科としてまとまっている場合が多いですが、しかしカタツムリ類などでは同じ科の中に右巻きの種と左巻きの種があったり、また同じ種内でも右巻きの個体と左巻きの個体があることがあります。
右巻き 左巻き

貝の生態

生息場所
 軟体動物の起源は海であり、そのため大多数の種が海に棲みます。一部のグループは川を遡って淡水域に進出し、さらには外套膜の一部が肺に変化して陸上生活に適応したグループもあります。軟体動物の生息場所は、水深1000メートルを超える深海底から標高2000メートルを超える高山地帯にまでおよび、実にさまざまな場所に生息すると言えるでしょう。
 なお、海産貝類の生息場所は以下のように類別されます。
海産貝類の生息場所
潮上帯(ちょうじょうたい) 満潮時の海水面より上の区域。海産貝類でこの場所に生息するものは少ないが、ハマシイノミガイなどがある。
飛沫帯(ひまつたい) 岩場で、波しぶきを被る区域。タマキビ類などが生息する。
潮間帯(ちょうかんたい) 満潮時の海面位置と干潮時の海面位置との間の区域。磯採集で多くの種がこの場所から得られる。
潮下帯(ちょうかたい) 干潮時の海面位置より下の区域。この区域に生息する貝は多いが、採集には潜水などの手段を用いる必要がある。
砕波帯(さいはたい) 砂浜で、波打ち際の波が砕ける場所。リュウキュウナミノコなどが生息する。
汽水域(きすいいき) 川の河口などで淡水と海水が混じり合う水域。
感潮域(かんちょういき) 河川で、潮汐によって海水の影響を受ける水域。西表島の河川の多くは、河川勾配が緩やかなために感潮域が広い。
食性
 二枚貝は、水管で水を濾過してその中にいるプランクトンや有機物を濃縮して餌料とします。巻貝(腹足類)では食性はグループによって多様で、口球の中にある歯舌しぜつと呼ばれるやすり状の歯で岩に付着した藻類を削り取って食べる草食性のものや、タマガイ類のように二枚貝に穴を空けて軟体部を溶かして食べたり、イモガイ類では毒腺のある矢じり状の歯舌で魚などを捕らえて食べます。

産業的価値

 貝類の産業的価値として最も大きいものは言うまでもなく食用としての利用です。特にイカやタコなどの頭足類は食料としての消費量が水産物中で大きな割合を占めます。巻貝や二枚貝で食用に利用されるのは全体から見るとわずかの種ですが、アサリ、ハマグリ、サザエ、アワビなど我々になじみ深いものがあります。貝類は、農耕文化以前には沿岸地域に住む人々の重要な食料のひとつであり、食べたあとの貝殻捨て場であった貝塚が世界各地で発見されています。
 貝殻も美しいものは装飾用に利用され、古くはゴホウラや大型のイモガイを加工した腕輪や耳飾りなどが遺跡から出土します。また、貝殻に彫刻を浮き彫りにしたイタリアのカメオや、ヤコウガイなどの真珠層を漆で固めた螺鈿(らでん)などの伝統工芸も有名です。貝殻そのものばかりでなく、貝が作り出す真珠も宝石としての価値が高く、世界各地で養殖がさかんに行なわれています。
 美しい光沢を持つタカラガイ類は古くは貨幣として使用され、「貝貨」と呼ばれました。漢字の「貝」の字はキイロダカラの形がもとになったものと言われています。
 ハマグリからは白い碁石が作られたり、中世の日本ではハマグリの殻を用いた貝合わせという遊びもありました。サラサバテイ(タカセガイ)の殻からは釦(ぼたん)が作られます。カキの殻は粉砕して養鶏用の飼料に使われます。
 以上のように、貝類は様々な形で我々に恩恵を与えてくれる、海からの贈り物なのです。